2011年10月25日

震災2ヶ月前の写真


ホズミです。

風の強い夜です。
長友グラウンドでストロンチウム10000ベクレル検出、は
マジでしょうか。

こないだのMAPの数値をさっくり超えまくってるんだげんちょも。(超えまくってるんだけども。の意)

この土地は寒くなると山から降りてくる強い西風が吹きます。
放射線物質、舞い上がります。
マスク大事。

マスク、夏場は暑くって辛かったんだけど
(私はハナの頭に汗をかく習性があるのでマスクが湿っちゃうのだ)
小顔効果アリなことに気づく。前向きにゆこう。


わんらぶにおいてネックなのが
白熱ミーティングも終わってみると議事録ひとつ取ってないし
集会の記録もほとんどないこと。
熱中しすぎて、いつも忘れてしまうのデス。

ルーシーはすべての更新を携帯でしてるので無理としても
写真で伝わることも多いじゃんね。と今頃気づく。

なので最近はガンバって写真撮るようになりました。

わんらぶだけで完結することばかりじゃなくなってきて
経緯や進行状況を共有する必要が出てきたということもあるけど。

はい。つまり必要に迫られてやっと、ということです。
ズボラなので。。。


それで、いいことがあったのです。


ほぼ出番がなかったデジカメを出動させて
あるプロジェクトの写真を撮って。
紛失してたPCに繋ぐケーブルをめでたく発掘して
いざ取り込みしてみたらざっと600枚のデータ。
(私んじゃないのでほぼ母目線のココロの記憶的ですが)

その中にこんなのが。



CIMG0599.JPG

震災2か月前2011年1月14日の松川浦。



CIMG0600.JPG

祖父の法要の会場のホテルから撮影。


CIMG0609.JPG

(四十九日だから礼服なホズミ。袋の中身はお膳で出た松葉ガニ)

それなりに長く住んでるのに
高いところから松川浦を見下ろしたのが生まれて初めてで
その美しさに感激して写真を撮ったのでした。

が、忘れてたの。。。えへ。

見つけてられてよかった。


松川浦は壊滅状態です。

1枚目の写真は松川浦大橋。
ちっちゃいベイブリッジみたいでしょ。

このアングルから右手の方へ行くと
太平洋と松川浦の間をどこまでも真っ直ぐに突き抜ける
サイコーに気持ちいい道路がありましたが
津波で道が寸断され、その先にあった磯部地区は荒野になってる。
その途中、大洲公園の周辺に
ラムサール条約の候補になるほど豊かな生態系を誇った県立公園のど真ん中に
放射能の汚染土を一時保管しようとしています。
市議会はすでに通り、予算もついたとか。


私はこの松川浦から目と鼻の先にある場所で生まれ育って
この海があるのがもう当たり前で
毎年夏になると、大勢の観光客が時間とお金をかけてわざわざやってくる意味が分からず
自分の海が横取りされるみたいでちょっとやだったりもしたけど
知らないことがたくさんあって、ありすぎて。

「松川浦の未来を語るゼミナール」の実行委員をする中で
失くなってしまったものを愕然としながら遡って追いかけるように
改めて知り直しているけれど、無知と無関心はとことん罪だと思う。

ずっとずっと昔から
この豊かな海の恵みと美しさと心地よさにあやかって
生きてきた人間たちのくせに
守ってやるどころか、どうしようもないモノを
一番キレイだった場所に置くことしか選べないなんて。


来月のゼミナールは課外授業。
この松川浦を自分の目で見ながら自分の足で歩きます。

チラシ4回目.JPG


雨天決行。
相当長い距離ですが、車で通り過ぎるのでは見えないものがあるはず。
お弁当持って。おやつ持って。きっと泣けてしまうけど。
ちゃんと見ておこうと思います。
写真も忘れずに。

いつも参加者年齢層高めでちょっとさみしいので
道連れになってくれる人絶賛募集中。
わんらぶに連絡ください^^→mailonelove@gmail.com



写真出しついでに。


3月11日。ムスメ卒業式。

CIMG1538.JPG


コレの次の写真が、




CIMG1546.JPG

コレです。
実家。

さっきの松川浦ベイブリッジのたもとから歩いて3分くらい。


少しずつ書いていきます。
吐き出せそうな気がしてきました。




posted by hozumi at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | hozumi | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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